2016年10月アーカイブ

11月15日は、七五三です。「七五三」について調べました。

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今日は、「七五三」について調べてみました。

七五三の由来は本当のところ、どんなことをするのでしょうか?
子どもが無事に成長したことをお祝いする家庭行事のひとつです
乳幼児の死亡率が高かった昔は七歳までの子供は神の子とされ七歳になって初めて社会の一員として認められました。

下記の儀式が、明治時代になって現代の七五三として定着しました。
1、三歳の男女 髪をのばしはじめる「髪置き」
2、五歳の男子 はじめてはかまをつける「袴着(はかまぎ)」
3、七歳の女子 帯をつかいはじめる「帯解き」

男女ともに、2回ずつ行われるのですね!

七五三の祝いの仕方はどうすれば良いのでしょうか?
子どもが無事に成長したことをお祝いする家庭行事のひとつですので、お祝いする気持ちがなにより大切。一般的には、家族で写真撮影、神社で参拝、そして家族で食事するスタイルが多いですが、いくらかけるかは、それぞれのご家庭の考え方でいいのではないでしょうか。有名神社までわざわざ出かけなくても、近くの神社でいいのです。家族そろってお食事会などして、子どもの成長をお祝いしてあげましょう。

 神社でお祓いを受け、祝詞をあげてもらうのが一般的ですが、別にお祓いをしてもらわなくてもOK。最近では、必要以上に我が子の記念写真にこだわっている親御さんが増えてきましたが、中には記念撮影だけして、肝心のお参りをされないという方も聞いたことがあります。

 七五三の主役はもちろん子どもたち。どんなに豪華なお祝いでも親の満足だけで終わらないように。生涯一度の大切な行事なので、写真だけにこだわらないで、心に残る記念日になるように思い出を作ってあげる事が大切だと思います。

七五三をする時期は何月何日~何月何日までと決まっているのでしょうか? 
10月か11月など都合の良い日に行くと良いそうです。
 いつからいつまでと決まっていません。11月15日にお祝いするのは、日の吉凶を占う方式の一つに二十八宿(にじゅうはっしゅく)というのがあり、その二十八宿のうちで最良の吉日とされたのが「鬼宿日(きじゅくにち)」であること。また霜月祭りの日(家業に関係深い神々を祭る日)などいろいろ説があるようです。最近は11月15日にこだわらず、10月から11月の休日など、ご家族が揃うのに都合の良い日に行われています。


七五三でお参りする神社は自宅近くにすべきなのかな?
子供のことを考えると体力的にも無理がない範囲が無難です
 どうしても希望の神社でという場合、遠くまで出かけてもかまいませんが、基本的には近くの氏神様です。人気のある神社はかなり混むと言うことを頭に入れて置いて下さい。子供の体力に無理のない範囲で考えること。小さい子供ですのでなれない着物などかなり負担になりますので、その辺をよく考えてくださいね。


早生まれの子は数え年か満年齢のどちらでお祝いすべきなのでしょうか?
昔は数え年、現在は満年齢が一般的です
昔は生まれた年を一歳として計算する「数え年」で行われていましたが、現在は生まれた翌年の誕生日を一歳とする「満年齢」で行われます。しかしどちらにもこだわらずにお祝いしても大丈夫です。

 

兄弟一緒に七五三をしてもよいのでしょか?
三歳と五歳で兄弟一緒にもOKです
昔は男子は数え年の三歳と五歳、女子は三歳と七歳で祝いましたが、現在では満年齢で男子が五歳(地方によって三歳も)、女子が三歳、七歳でお祝いする事が一般的になっています。兄弟姉妹がいるときは、年齢にこだわらずにやっていけないことはありません。

神社への謝礼ってどのくらいするものでしょうか?
五千円から一万円ぐらいの範囲で
七五三の時期、神社は込み合うことが多いので事前に連絡しておきましょう。その時に神社への謝礼の金額を確認しておきます。神社によっては規定料金を設定している場合もあります。だいたい三千円から一万円ぐらいの範囲です。

このときの祝儀袋の様式の結びは蝶結び、水引は紅白、表書きは「御初穂料」「御玉串料」です。また、白封筒でもかまいません。名前は子供の名前で年齢を書きます。


七五三のお返しは、何をすればよいのでしょうか?

本来はお返しは必要ありません
住む地域によってしきたりや習慣が違いますが、子どもの祝いである七五三は、本来はお返しをしません。千歳飴や、赤飯、菓子折り程度を謝礼としてお返しすることが一般化してきています。場合によっては、子どもの名前で内祝いとして贈られてもよいでしょう。いただいた金額の半額から三分の一程度が目安。

 実家からのお祝いの返しには、七五三の当日にご両親と一緒にレストランなど食事会にご招待するなどしてみてはいかがでしょう。また写真館で撮った写真を焼き増して差し上げたり、子どもにお礼の手紙やカードを書かせるなどしても喜ばれるかもしれませんね。


男の子の場合、洋装でも良いのでしょうか?

洋装でも和装でもそれぞれの家庭の考え方でどうぞ!
 五歳の男の子は着物と羽織・袴が正式な装いですが、別にこだわることはありません。日常的に着物を着ていた昔とは違い、慣れない和装姿です。特に男の子は動きが活発ですので、じっと我慢ができないことがあると思いますので、洋装でお祝いされたらよいでしょう。それぞれの家庭の考え方でよいと思いますよ。


草履を上手に、長く履くコツはあるのでしょうか?
最近では、1年中靴下を履かない習慣がついていますよね。着付けのときに嫌がる足袋も履く練習をすると当日は、いやがらずにスムーズにいけますよ。また草履のかかと部分にゴムをつけて工夫をしてみて下さい。歩きやすくなります。

などなど、七五三の疑問点を書いてみました。参考にしていただけたら嬉しいです。

スタッフの家の近所にも大きな神社があります。

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西宮戎神社です。こちらでも七五三のお参りが行われています。こちらの神社の詳細はこちらをご覧ください。

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おめでたい柄の袋に入った千歳飴を持ったこどもたちが、晴れ着を着て走り回っていました。

お休みの日スタッフが神社に出向き七五三のお参りを見ていたそうです。なんか気持ちが和むような気持ちになったそうです。

ちなみに風呂敷にもおめでたい柄があります。良かったら覗いてみてくださいね。詳細はこちらへ

 

お包み研究所スタッフ一同

 

霜月と酉の市について・・・

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皆さまも、ご存じだとは思いますが、11月の事を「霜月」と言われいますが、何で「霜月」と言われるのでしょう・・・

11月が霜月と呼ばれる由来とは?

現在使っている新暦だと9月、10月、11月が秋となります。
だからまだまだ冬というイメージはあるでないのが一般的です。

しかしこれが旧暦となると10月、11月、12月を冬としていました。
 旧暦11月には現在では12月22日の冬至がありますし、
 冬真っ只中といった感じですよね。

さらに旧暦で11月というと現在の11月下旬から1月のことを指しますから、
 新暦とは大きな時期の差がうまれているんですね。

霜月は読んで字のごとく「霜が降り出す月だから」という意味ももちろんありますが、
 前の月と繋がっていて10月の神無月を「上の月」、
 11月が「下な月」として「しもづき」となったとも言われています。

11月に、「酉の市」を開催するのでしょう・・・

そして、関東を中心に親しまれている「酉の市」は、11月の酉の日の酉の刻頃(現在の18時頃)から開かれる露天市のことです。 酉の市は日本各地の鷲神社(大鳥神社、大鷲神社、鷲神社=おおとりじんじゃ)の年中行事で、11月の酉の日ににぎやかな市がたつことから「酉の市」といい、「大酉祭」「お酉様」とも呼ばれています。縁起ものがたくさんついた縁起熊手が名物で、新年の開運招福、商売繁盛を願うお祭りとして親しまれています。

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酉の市では、縁起熊手と威勢のいい手締めが名物とされています。

 酉の市は江戸時代から続く行事で、その起源は、花又村(現在の東京都足立区)の大鷲神社にあるとされ、近隣の農民たちが、秋の収穫を祝って鷲大明神に鶏を奉納したのが始まりだといわれています。奉納された鶏は、祭りのあと浅草の浅草寺に運ばれ、観音堂で放たれたそうです。

その後、開運招福、商売繁盛を願う祭りになり、縁起熊手のほかにも八頭(里芋の一種)や黄金餅(粟餅)なども人気となって、正月を迎えるための最初の祭りとして定着しました。芭蕉の弟子である其角は、「春を待つ 事のはじめや 酉の市」と詠んでいます。

一の酉、二の酉、三の酉
酉の市は11月の酉の日に行われますが、酉の日は12日ごとに巡ってくるので、11月に3度行われる年もあり、1度目を「一の酉」、2度目を「二の酉」、3度目を「三の酉」といいます。

酉の市は毎年11月の酉の日に行われるので、年によって日が変わります。

2016年の一の酉は11月11日(金)、二の酉は11月23日(水)です。今年は、2回開催されるのですね。

酉の市って全国にある鷲神社で商売繁盛を願って行われるそうです。

代表的な神社は・・・

•鷲神社 (東京都台東区) ※関東三大酉の市のひとつ
•花園神社 (東京都新宿区) ※関東三大酉の市のひとつ
•大國魂神社 (東京都府中市) ※関東三大酉の市のひとつ
•素盞男神社 (名古屋市中村区)
•長福寺 (名古屋市中区)
•大安寺 (静岡県浜松市中区)

では、鳥柄の風呂敷をご紹介します。

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お包み研究所スタッフ一同

 

神無月について・・・

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あっという間に10月になりました。

10月は、古から「神無月」言われています。「神無月」と、何で言われるのでしょう?!

「神無月」とは、旧暦で10月のことで、(かみなづき)(かむなづき)とも言われているそうです。

でも、あるところでは「神在月」(かみありづき)と逆の意味で呼ばれているそうです。

なんで、2種類の呼び方があるのでしょか・・・

■「神無月」と「神在月」て、何??

10月は全国の八百万の神様が、一部の留守神様を残して出雲大社(島根県出雲市)へ会議に出かけてしまうと考えられてきました。その為、神様が出かけてしまう国では神様がいないので「神無月」、反対に出雲の国(島根県)では神様がたくさんいらっしゃるので「神在月」というわけです。
また、「神無月」の無を"の"と解して「神の月」とする説もありますが、「神無月」も「神在月」も、神々が集う大切な月という意味なのですね。

■では、神様が集まって何を会議しているのでしょ?
年に一度、出雲大社に集まった神様たちは、人の運命や縁(誰と誰を結婚させようか)などを話し合います。遠く離れた者同士が知り合い、結婚するようなことがありますが、この会議の結果なのかもしれませんね。その為、出雲大社は縁結びの総本山でもあります。
また、来年の天候、農作物や酒の出来なども話し合われているそうです。
できるものなら、傍聴してみたいですね。

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10月1日:「神送り」出雲に出発
       各家庭で、旅立つ神様にお弁当としてお餅やお赤飯を供えます。
・10月10日:「神迎え」出雲に到着
       出雲の国・稲佐の浜で神様を迎え、出雲大社へ向かいます。
・10月11日~17日:「神在祭」(かみありさい)
        神議(かむはかり)という会議をします。
       出雲大社では、会議処である上宮で祭りを執り行います
       また、神々の宿泊所となる境内の19社でも連日祭りが行われます。
・10月17日:「神等去出祭」(からさでさい)
        出雲大社から出発、出雲の国へ。
・10月26日:「第二神等去出祭」
        出雲の国から出発。再び出雲大社でお祭りをします。
・10月末日:「神迎え」帰宅 
        各家庭でお餅や作物を入れたすいとんなどを供えます。


※日付けは旧暦。出雲大社では旧暦で神を迎える行事が行われています。
※地方によって行事内容や日付けが異なる場合もあります。

10月の1か月間でたくさんの会議が行われているのですね!

こうしてみると、十月いっぱい島根県以外は、全国的に神様がいなくなってしまうんですね。

神様がいなくなってしまった地方には、1か月間神様が不在だなんて、ちょっと心配ですよね!

でも、その心配はいらないようです。なぜって?それは「留守神様」がおられるからだそうです。 
■留守神様って?
全ての神様が出雲に出かけてしまうのではなく、留守番をする神様がいます。
代表的な神様が「恵比須神」(えびすしん)。またその他には「金毘羅神」(こんぴらしん)、竈神」(かまどしん)、「道祖神」(どうそじん)などがいます。
こうした留守神様を祭るために、十月に「恵比須講」(えびすこう)を行う地方も多くあります。
多くの神様が留守の間にも、ちゃんと留守神様が私たちを守ってくれているんですね。

神様が描かれた風呂敷がありますので、ご紹介しますね。

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四角い箱を包むと、七福神の姿が出るように包むことができます。

商品の詳細はこちらをご覧ください。

お包み研究所スタッフ一同

 

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